〜 売る”ではなく、“託す”という視点で進める M&Aの実務 〜
1 はじめにやっておきたい「中身の整理」
第三者承継、いわゆる M&A(エムアンドエー)を進めるうえで、最初の準備として重要なのは、「自分の事業がどんな状態にあるか」を、外から見てわかる形に整えることです。これを「事業の棚卸し」と言うこともあります。
たとえば、次のような内容です:
• どんな商品・サービスを提供しているか(主力商品、売れ筋、季節変動など)
• 主なお客様と、どんな関係性を築いてきたか
• 従業員の人数、役割、勤続年数、雇用形態
仕入先、業務委託先、その他の契約関係
• 収支の状況(売上、経費、利益)
資産・負債の状況(借入金の残高やリース契約など)
• 許認可や営業免許の状況(必要なものが整っているか)
躓きやすいポイント:
• 頭の中にはあるが、紙やデータで整理できていない
• 契約書類が見つからない、あるいは未締結のまま慣習で取引している
• 親族や知人との取引内容があいまいになっている
ポイント:買い手に「見える」「説明できる」状態にしておくことが重要です。 税理士や商工会議所の経営相談窓口に相談することで、棚卸しの整理がスムーズになります。
2. デューデリジェンスとは
M&Aにおいて、買い手が事業の内容を詳しく確認するプロセスのことを、デューデリジェンス(Due Diligence:略してDD)と呼びます。
直訳すれば「適正評価・相応の注意」となりますが、要は「後から問題が起きないように、事前にきちんと確認する作業」です。
中小企業のM&Aでは、大企業のような複雑な監査や法務調査は行われず、次のような項目を中心に確認されます:
【財務デューデリジェンス】
売上や利益の推移(過去3〜5年)
借入金、リース、未払金などの負債
在庫の状況とその評価方法
税務申告の履歴、滞納の有無
【法務・契約面の確認】
契約書の有無(取引先、従業員、リースなど)
営業許可や資格の有効期限
訴訟やトラブルの履歴
【実務・事業運営の確認】
顧客との関係性や継続性
ノウハウの形式知化(レシピやマニュアルの有無)
従業員の引き継ぎ意向
地域や業界内での信頼やブランド
これらの確認によって、買い手は「安心して引き継げるかどうか」を判断します。
躓きやすいポイント:
• 書類が整っておらず、言葉だけで説明している
• 契約が口頭ベースで書面が存在しない
• 許可の更新が失念されている、内容が現状と食い違っている
• 担当者(社長本人含む)にしかわからない業務が多すぎる
ポイント:DDは「あら探し」ではなく、「安心して引き継ぐための相互確認」です。 “小さなこと”でも誠実に説明することが、信頼構築の第一歩になります。
次に触れる秘密保持契約(NDA)を先に結んでおくことで、安心して情報を開示することができます。
「見せる準備」ではなく、「一緒に未来を考えるための準備」ととらえると前向きに取り組めます。
3. 情報を渡す前に:秘密保持契約(NDA)
事業の中身を見てもらうということは、大切な情報を相手に渡すということでもあります。
そのために、事前に「秘密保持契約」を結ぶのが一般的です。
これは、相手に「見せてもらった情報は、外に漏らしません」と約束してもらう契約です。
契約といっても難しいものではなく、「安心して話ができるようにするためのひと手間」と考えてください。
4. 第三者承継(M&A)の流れ
事業を第三者に引き継ぐ流れは、次のようなステップで進んでいきます。
1. 情報整理:まずは、自分の事業の中身を把握して、説明できる状態に
2. 支援機関に相談:商工会議所や事業引継ぎ支援センターなど、無料で相談できる場所があります
3. 秘密保持契約(NDA)を締結:相手に情報を渡す前に、一言の安心を
4. 事業内容をまとめた資料を作成:これを「IM(インフォメーション・メモランダム)」と呼ぶこともあります
5. 面談(トップ面談)や見学:相手と実際に会って話し、「人となり」を確かめ合う大事な機会
6. 基本合意書の締結(LOI):ここで、価格や引き継ぎ方の「大枠」を合意しておきます
7. デューデリジェンスの実施と最終契約(SPA):内容を最終確認して、正式に契約
8. クロージング:資産や名義の移転を行い、実際の引き継ぎを完了
これらの過程は、専門家や支援機関と一緒に一歩ずつ進めることができます。
5. 公的機関と民間仲介、それぞれの特徴
事業承継をサポートしてくれる場所には、次のような違いがあります。
【公的機関(たとえば事業引継ぎ支援センター)】
- 完全無料で利用できる
- 地域に根ざしたマッチングに強い
- 小さな事業も歓迎されやすい
- 情報の管理もしっかりしていて安心感がある
【民間のM&A仲介会社】
- 全国から買い手候補を募れるスピード感がある
- その分、費用(成功報酬や着手金)がかかることも
- 売上や利益の小さい事業は対象外となることもある
「まず相談だけしてみる」ことも可能です。
自分に合った方法を選ぶことが、成功の第一歩です。
6. 見られているのは「数字」だけじゃない
事業の魅力は、決算書の数字だけでは伝わりません。買い手が本当に知りたいのは、こういったことです:
- この仕事は、今後も続けていけそうか?
- お客さんや地域からの信頼はあるか?
- 社長がいなくなったあとも、お店や工場は動くか?
- 特別なノウハウや、替えのきかない価値があるか?
「何を引き継ぎたいか」「何を残したいか」を明確にしておくことが、買い手にとっても判断材料になります。
7. まとめ:託す準備を、今から少しずつ
事業承継は、ただ“売る”ということではありません。それは、これまで築いてきた信頼や技術、想いを、“次の人”に渡すことです。
そのためには、「自分の仕事を、ちゃんと説明できること」が一番の準備です。何か特別なことを始める必要はありません。日々の仕事を見直しながら、「この先、誰かに託すとしたら」と考えてみることから始まります。

コメント